神鳥の卵

土下座する男女。
その頭をたしたしと、小さな足で踏む赤子。
そんな姿を見て笑うなという方が無理だろう。

「あーっはっはっはっ！こんな面白いことになっているなら、早く呼んでくださいよ～」
「ロイドさん、笑いすぎです」

そう嗜めるセシルも、完全に笑いをこらえている顔だ。
なにせ英雄ゼロと魔女が土下座をしているのだ。
真っ赤な顔で怒っている赤子を抱えた、無表情な咲世子の姿が更に笑いを誘う。
馬鹿笑いするロイドに対し、文句の一つも言ってやりたいところだが、ルルーシュの怒りが収まらない以上頭をあげることは出来ない。
何より、頑張って両足で交互に二人の頭を踏んでいるルルーシュが可愛い。
自分はMではなくSだと自覚しているスザクとC.C.だが、今この時だけはMになっていいとさえ思っていた。

たしたし・・たし・・・たし・・・・。

だが、元々体力のないルルーシュだ。
だんだん踏みつけるのに疲れて、その勢いはどんどん落ちていった。
そして。

「・・・おふたりとも、ルルーシュ様はお休みになられました」

咲世子の言葉に顔を上げると、泣きつかれ、踏み疲れたルルーシュは、咲世子の腕の中で夢の国に旅立っていた。体力の限界まで踏み続けた根性はさすがだ。
安心しきった表情で、すうすうと穏やかな寝息をたててはいるが、結局笑わせることが出来なかったし、目元が赤く腫れてしまった姿に二人は眉尻を下げた。
だが、次の瞬間互いをぎろりと睨みつける。
こいつのせいだ。
お互いにそう認識していた。
怒鳴りつければルルーシュが起きてしまうから声は出さないが、互いに責めるような視線を向け合い、それと同時に、ルルーシュは自分のものだと無言で訴えあった。
バチバチと火花が散っているような姿に、セシルは「二人共中がいいわね」と、にこやかに笑い、ロイドはそんな二人からはとっくに興味を失い、「陛下～お久しぶりです」と、咲世子の側へ向かった。

「その赤ちゃん、やっぱり陛下なんですか？」

ロイドの言葉にセシルは反応し、咲世子の腕の中の赤ん坊へ視線を向けた。

「こーんなにそっくりな赤ちゃんが他人だったら、そっちの方がびっくりだよぉ。お元気そうですねぇ」

死んだ人に元気というのは変な話ですけどねぇ。
笑いながらすうすうと寝ているルルーシュの頬をツンツンと突付くが、疲れきっているルルーシュはむずがるだけで起きる気配はなかった。

「いえ、そこは陛下とC.C.さんのお子様という可能性もあるじゃないですか」

亡くなった陛下本人というより、陛下の隠し子と考える方が普通だし、可能性は高いですよ。という言葉に即反応したのはもちろんスザク。

「ちょっ、セシルさん、それはないです！C.C.との子供なんて！撤回してください！大体、ルルーシュはど・・・ふがっ！？」
「枢木、ルルーシュを起こす気か？泣かせて怒らせて、疲れて眠ってしまったのに、起こして更に怒らせるのか？」

スザクが男にとって言って欲しくはないだろう一言を口にしかけけた時、C.C.はとっさにその口をふさいだ。自分が言うにはいいが、こいつに言われるのは腹立たしいし、ルルーシュは意外と地獄耳だ。特に悪口や悪意のある言葉にはものすごく敏感だから寝ていても、その言葉で起きかねない。
そんな二人のやり取りを「ほんとに仲がいいわね」と、セシルはのほほんとした口調で言った。ロイドは相変わらず二人には興味が無いのか、ソファーに寝かされたルルーシュの体を、咲世子とともに確認をしていた。そして、その背中にある羽を見て、楽しげに目を細めた。

「セシルくん、そんなことより陛下の方が問題だよ。大体ねぇ、陛下の血が入っていたとしても唯の子供に踏まれて、その二人が大人しくしてるはずないでしょ」

他人の子なら、間違いなく目を吊り上げて叱りつけるよ。
陛下の御子なら、躾のため止めさせるでしょ。
陛下本人だから、二人は大人しく踏まれてたんだよねぇ。
その言葉に、セシルはなるほどと納得したように頷き、ルルーシュの眠るソファーの横にしゃがみこんだ。
ロイドは咲世子から話を聞きながら、やさしい手付きでルルーシュの検査をしていく。

「細かいことはちゃんと機械を通さないと解らないけど、見た感じだとお体の方は正常だねぇ。異常なのは、この羽根かなぁ」

まあ、死んだはずの人間が赤ん坊でいる時点で異常すぎるけどねぇ。

「この羽根、飾りじゃないんですか？」

洋服の飾りだと思っていたセシルは、恐る恐るといった手つきでその羽根に手を伸ばした。
羽根は人肌と同じぐらいの温かみがあり、時折ピクリと動いた。
硬いかと思ったが、ふにふにと柔らかく、柔軟性があった。
見た目は似ていても普通の羽根とは異なる物質。
キラキラとした光の粒子をまとっているようにも見える。
間違いなく作りものではない、本物。
セシルは思わずゴクリと固唾を飲んだ。

「その翼は本物だし、それは間違いなくルルーシュだ」

C.C.はソファーの背の部分から身を乗り出し、ルルーシュの頭を優しく撫でた。

「で、結局さ、これってどういうことなの？どうしてルルーシュは生き返ったのかな？」

スザクは同じようにソファーの背もたれから身を乗り出し、ルルーシュを見つめながらC.C.に尋ねた。この魔女が、なにか知っているのは間違いないのだ。

「違うな、間違っているぞ枢木スザク。ルルーシュは生き返ってなどいない」

すっと目を細めたC.C.はルルーシュの赤みがかった羽根に触れながら、真剣な声で言った。C.C.が触れると、その羽は赤みが増したようにも見える。

「じゃあ、なに？生まれ変わり？」
「いや違う」

生き返ったわけでも、生まれ変わったわけでもない。
だが、これはルルーシュだとC.C.は断言する。
意味がわからないと、全員視線をC.C.へと向けた。

「残念ながら私も答えを持っているわけではない。だが、このコードを受け継いだ時に見たイメージと、そして私の前の不老不死者であるシスターが私に語った物語。それらをつなぎ合わせることで、ルルーシュのこの状態の仮説をたてたに過ぎない」
「仮説？」
「そう、仮説だ。私はルルーシュの羽根を見るまで、シスターの話した物語は、ただの物語、創作物だと思っていた。だが、それが物語ではなかったのだとすれば・・・」

遠い過去の記憶を掘り起こし、物語として聞かされた話を真実なのだという仮定のもと組み立て直す。
そうすることで、一つの仮説が産まれた。

「夢のなかでルルーシュが大きな卵を抱えていたといったな。そして、その卵をお前が夢のなかで預かったが、目が覚めると手元に卵があった。つまり、現実の世界へ持ってきてしまったと」
「うん。少し輝いている、ルルーシュの羽根と同じように光ってる卵だった」

普通であれば、夢のなかで手にしたものを現実になど持ってこれるはずがない。
となれば、あれは夢ではなかったということになる。

「お前は恐らく、Cの世界を彷徨っていたルルーシュに会ったのだろう」

ルルーシュがここに居る以上あれは夢ではなく現実なのだ。
となれば、人が生まれ、死んだ後に帰る場所、神とも呼ばれるCの世界で再会を果たしたと考えられた。Cの世界は集合無意識。生者の意識もまたそこにつながっている。
だから、その場所であれば生者と死者の邂逅は可能なのだろう。
ただし、何か知らの手が加わることが条件ではあるが。
そして、二人を引き合わせた手。
おそらくは・・・。
C.C.は意を決して、自分の出した結論を口にした。

「ルルーシュが手にし、お前が生者の世界へ持ち込んだ卵。それは恐らく神鳥の卵だ」